時は、日本近代の黎明期、明治時代中頃のこと。世界に冠たる陶磁器が存在していたことは、あまり知られていない事実です。当時ヨーロッパでは、ジャポニズムが人気を博し、浮世絵をはじめ日本の伝統工芸品が有力な輸出品として、明治政府の殖産興業と外貨獲得に大きく貢献していました。とくに、優美で精巧な陶磁器は、ドイツのマイセン、フランスのセーブルをも凌ぐ高い評価を獲得。その中でも、当時の世界大博覧会で欧米人を最も喜ばせたのが、和と洋の意匠が独創的な明治中期の有田焼、すなわち「明治伊万里」です。

有田焼は、絵文様や形式から、大きく「古伊万里」「柿右衛門」「色鍋島」に分類されます。世に言う「古伊万里」とは、主に江戸時代の末期頃までに作られた有田焼のうち、「柿右衛門」様式と「色鍋島」様式を除いたすべての焼き物を指す一般的な呼称です。その「古伊万里」をはじめとした有田の陶磁器は、17世紀半ばから18世紀初頭にかけて、欧州へおよそ100万個から200万個が輸出され、金銀財宝以上に珍重されました。

明治政府は、17世紀の「古伊万里」輸出黄金時代のように、「明治伊万里」が欧米全土を席巻することを目論見ました。その役割を担ったのが、明治12年(1879年)に設立された「精磁会社」なのです。

明治政府が国を挙げて輸出奨励をする中、明治12年(1879年)、有田の地に大望を抱いた陶工たちによって「精磁会社」が誕生しました。「精」という字には「こころ」「たましい」の意味もあり、精妙・精緻で魂のこもった物作りを目指す心意気が込められています。その名の通り、「精磁会社」の製品は、明治16年(1883年)、オランダ・アムステルダム万国博覧会で金賞を獲得。さらに同年に建設された鹿鳴館では、「精磁会社」の洋食器が夜毎の饗宴を彩り、各国要人をして驚嘆せしめました。

卓越した伝統技術と欧米の最先端技術を融合し、「古伊万里」でも、「柿右衛門」でも「色鍋島」でもない、独自の世界を紡いだ「精磁会社の明治伊万里」。まさに和魂洋才の様式美の頂点が、皇室御用食器であり、鹿鳴館饗宴の器でした。

しかし、この「精磁会社」は、数少ない名品を後世に遺し、伝統的な職人技術とともに、わずか十有余年で消滅。人々の記憶の中からも忘れ去られてしまったのです。

平成28年(2016年)、有田焼の歴史は、発祥400年を迎えます。本プロジェクトは、「精磁会社」の復刻にあたり、その歴史を尋ね、先人たちの知恵に学び、失われつつある伝統の技術を取り戻すべく、高い志を掲げた製陶会社と陶工たちが結集。次世代に向けて、熟練した職人技の継承と、品位ある新たな高付加価値製品の創出を目的に、進化と挑戦を続けています。

例えば、製土は「有田泉山の磁土」にこだわりました。江戸期の古伊万里、柿右衛門、色鍋島はもとより、明治30年頃までは「精磁会社」や有田全体の窯元も泉山の磁土を使用するなど、いわば有田焼の原点ともいえるものです。
さらに、「精磁会社」の精緻を極めた絵付け技術を再現するため、総手描きとすること。第一級の画工たちが日々研鑚を積み、本歌の品位と風格に限りなく近づけるよう努力しています。

本プロジェクトは当面、有田焼発祥400年となる平成28年(2016年)まで、10年間の期間限定で活動します。その間に復刻製作する主な対象は、明治15年(1882年)、「精磁会社」がみごとに完成させた本邦初の高級ディナーセットを含む、170種にも及ぶ製品群です。そのすべてが、時を超えて響きあう明治伊万里の魂を具現した完成度の高い逸品です。

全て精磁会社製。画像をクリックすると拡大表示します。
 

2008年9月30日(日):長野県松本市:井上百貨店にて、展示注文販売。
「色絵竹文」ディナーセット一式と「色絵紅葉青海波文」「色絵瑞鶴若松文」の紅茶碗皿の展示注文販売を行います。紅茶碗皿(当日お持ち帰り品は3セット限定)以外の商品は、あらかじめご予約いただき製作する完全予約販売となります。詳細はコチラをご覧ください。

2008年1月26日(土):幻の「精磁会社」復刻、第二弾!発表。
新製品として、「色絵紅葉青海波文」のディナーセット一式と「色絵瑞鶴若松鶴文」の紅茶碗皿・ケーキ皿セットを復刻。平成20年4月より販売する予定です。あらかじめご予約いただき製作する完全予約販売といたします。

2007年01月31日(水):幻の“明治伊万里”完成披露会にご出席いただき、ありがとうございました。
マスコミ関係者及びご支援頂いた方々、ご来場の皆様。先日は有田製窯株式会社並びに《精磁会社復刻プロジェクト》の「華ひらく、明治伊万里の様式美。」ー記者発表・完成披露会ーに際しましては、ご多忙の折、ご出席くださいまして心から御礼申し上げます。また早速記事としてお取り上げ頂いた各社の皆様、重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。その出来映えは如何でしたでしょうか?皆様の目にどのように映ったのか、またどんな感想を持たれたのか、率直なご意見・ご感想をお聞かせください。支援組織《精磁会社を復刻する会》へのご入会を含め、これからもご支援ご協力を頂きますよう、改めてお願い申し上げます。

2006年11月28日(火):精磁会社復刻の第一弾を記者発表!
地元佐賀県の伊万里市役所において佐賀新聞西日本新聞など地元紙をはじめ大手紙や各局記者にお集まり頂き、復刻製品を披露し、復刻プロジェクトの概要を説明しました。各紙各局に大きく取り上げていただきました。

2006年11月26日(日):プレス向けページ設置のお知らせ。
プレス向け「復刻品写真&テキスト」のページを作成しました。今ご覧のページ上部「プレス用写真」よりダウンロードできますので、印刷物等にご利用ください。

2006年07月10日(月):入会申込み受付中です。
各カテゴリーの記事を最新のものに更新いたしました。入会申込みフォームはまだ可動しておりませんがメールによる申込みを受け付けております。

2006年05月01日(月):公式ウェブサイトを開設いたしました。
このたび、私たち《“精磁会社”を復刻する会》の活動を、より多くの方々に知っていただくとともに、ご賛同をお願いしたく、公式ウェブサイト「鹿鳴館の器」を開設いたしました。

 

古伊万里 VS 明治伊万里
古美術商や美術関係では、よく「古伊万里」という言葉を使いますが、これは主として江戸の末期頃までに作られた古い有田焼のうち「柿右衛門様式」のものと、鍋島藩窯の影響を受けた「色鍋島様式」のものを除いた、他のすべての様式の焼き物を総括して呼んでいる一般的呼称で、多くは有田の無名の陶工や絵付師によって作られたものです。
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幻の有田焼「精磁会社」
明治8(1875)年、翌年開かれる米国建国100周年記念フィラデルフィア万国博覧会に出品するため、深川栄佐衛門、手塚亀之助、辻常明、深海墨之助らにより、合本組織「香蘭社」が設立されました。
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「鹿鳴館の器」復刻プロジェクト
「和魂洋才」を具現した明治期の有田焼=「精磁会社」製品を復元し、消えつつある有田焼の熟練した職人技術の継承と伝統美を付加した品位ある新たな高付加価値製品の創出を図ります。
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活動状況報告ブログ
私たちの活動内容・進行状況は、随時ブログで公開いたします。ご意見等の書き込みお待ちしております。
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《“精磁会社”を復刻する会》入会申込み
この度、私たちは有田陶業界の有志各社と、消えつつある有田焼の熟練した職人技術の継承と伝統美を付加した品位ある新たな高付加価値製品の創出を図るため《“精磁会社”復刻プロジェクト》をスタートさせました。同時に、このプロジェクトを幅広くご支援頂きたく《“精磁会社”を復刻する会》を発足させます。
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